とりあえず間違えて開いてしまった人がいるなら謝りたい。すまん。劇場版の話ではない。
めっちゃ観に行きたいけど感染者があっという間に超増えたし、いつならオミクロン株への恐怖を乗り越えて観に行けるかわからないんだなあ たつを。
さて、小説第一巻は里桜高校での事件の後の話……つまりテレビアニメ版を履修していれば読めるらしいとは知っていたので、以前から読もうとは思っていたが、予定より結構遅れて今年の正月になった。
※以下、小説版一巻とテレビアニメ版の内容のネタバレがありますのでご注意ください
『休日佪詮』
まず冒頭四文の引用をさせて頂きたい。
現代で数少ない確実なことといえば、せいぜい三つ。
水戸黄門が勝利すること。
日曜にサザエさんがあること。
そして、釘崎野薔薇の買い物が長引くことだ。
そこから、「一年トリオで街に遊びに出たものの、男子組は買い物に行く釘崎と別れて…」という導入につながるのだが、これだけで「う、うわーー!!この小説面白いだろ!私好みの文体だろ〜!!」という予感で脳が埋め尽くされ、そしてその通りだった。うれしい
さて、これは予想を裏切らない「普段は激しく戦ってるキャラ達の日常ギャグ回」なんだが、特筆せずにはいられないのが伏黒の心理描写だ。
伏黒くんには、いかにもジャンプらしい「クールでぶっきらぼうだが根は結構優しい、主人公の相棒」のイメージを抱きがちなのだけれど、結構優しいどころかめちゃくちゃ真面目で良い子なのが伝わってきて、読んでいて泣きそうになってしまった……。
一体どんな内容なのかというと、虎杖と伏黒で秋葉原に行くと五条先生がいたのでこっそり尾行してたら、メイドカフェに入店してしまい虎杖がノリノリな一方で伏黒はただひたすらにしんどくなる話である。
伏黒くんは今すぐメイドカフェから出たいが作ってもらった料理をむげにできない。でも伏黒くんの感情はしんでいく。
伏黒くんは冷凍にしか見えないポテトが単品四百円するのが気になってしょうがない。伏黒くん、このままでは呪いを生みかねないので心を無にするしかない。伏黒くん…………!!
伏黒くん、君は頑張った。たくさんほめてあげたい。君は、えらい。
そしてメイドさんと馴染んじゃう虎杖くんはかわいい。かわいいね…おこづかいあげるよ…(虎杖くんを愛でると途端に何かがおかしくなる自分)。
『反魂人形』
五条先生とナナミンが、出張先の北海道で呪詛師を追う話。
序盤こそ二人のウィットに富んだ会話で笑わせてくれるが、読み進めるうちに「あ、ギャグ回は前ので終わりなんだな」と感じる。
その呪詛師は、「死者蘇生」を騙って他人の心につけこんでいるのだ。被害に遭い、呪骸を死んだ息子の名前で呼ぶ母親も登場する。やりきれない……。
対峙する相手は非常におどろおどろしく、原作とアニメで描かれている『呪い』の脅威が見事に文章化されている。ビジュアルのグロテスクさといい、理性が失われていくおぞましさといい、夢に出そう。
そして小説の中でも見える、七海の大人としての矜持。マイペースに絡んでくるが、後輩のそういう面を信頼している五条。二人の関係性を楽しめるエピソードでもある。
加えて、生活圏に札幌市がある者として触れておきたいのは、やはり札幌駅周辺の表現が実に見事なところだろう(北國ばらっど先生が北海道出身と知り、これ以上なく納得した)。
『闇中寓話』
個人的には、このエピソードが本書で一番挑戦的だと思う。と言っても、別に過激な描写があるわけではない。
じゃあ何が挑戦的なのかというと、敵キャラクター・真人と、小説にのみ登場する一般人の交流を描いた話だから。
壮絶な過去を持ちながら一切の魂の揺らぎを見せない、ただそこで生きているだけの老人と、穏やかな日々を過ごす真人。だが、その日々は名も無きチンピラ達によって、あっけなく終わりを告げてしまう。
愛した者からの裏切りの果てに、全てから解放されていたはずの老人は、真人に感謝を告げて笑顔で逝く。真人の存在に救われていたのだろう。
しかし、当の真人にとってそれは「見たくないもの」だった。老人が最期に見せた自分への執着に、失望したようにすら読み取れる。
もしかすると、そんな感情を抱く対象ともまた違ったのかもしれない。老人の遺体の前で、「店先での物色をやめた時のように」立ち上がったのだから。
確かに、真人と老人の間にあったのは、歪ながらも呪いと人間の穏やかな共存だった。穏やかな共存ではあったが、やはり歪だったのだと感じる。
どこまでいっても真人は呪いで、老人は人間だった。
私がなんとなく思ってるだけで実際の評価は調べてないけど、シリアスなバトル漫画の小説版オリジナルストーリーとして、本書の中では一番好き嫌いが分かれそうなタイプの話だと思う。読者によっては、真人への印象を崩されるかもしれないから。
でも、私は好きだ。二人のどうしようもできない食い違いも含めて。そこに決定的ではない、「原作の外ならではのちょうど良い程度の崩し」を感じるから。
『働く伊地知さん』
虎杖が伊地知の補助監督としての仕事に同行する話。
一般社会との戦いの影響のすり合わせ、高専と少なからず関わりを持つ一般企業への挨拶。作中で言われている通り地味ではあるが、バトルファンタジーと現代日本の間で行われていることが具体的に見えるようで面白い。
そんな要素もありつつ、虎杖くんと伊地知さんのコンビの空気感で「ほのぼの回か」と読んでいた。
しかし、タイトル通り伊地知の仕事が描かれてきたこのエピソードの最後で、虎杖の(一時的だったとはいえ)死を通した無力感が、本人の口から語られる。
自分は戦うこともできず、自分より若い学生を死地に送り出すしかできない。せめてサポートだけは、これまでよりもっとしっかりとやりたい。「私は、私の仕事をしますから」と。
このくだりは、職場のお荷物からようやくお荷物一歩手前になったくらいの私からすると、本当に頭の下がる思いだ……。伊地知さん、戦えなくても十分カッコイイよ……。
ハンドルを握る伊地知の手が、少し震えた。
虎杖の目にはしっかり見えたが、見なかったことにした。子供には見せたくない大人の顔も、そこにはあると思った。
だからこそ虎杖は、明るく語り掛ける。
ここは本当に虎杖らしい優しさが詰まっていて、すごく好きなシーンだ。い゛い゛こ゛た゛ね゛え゛い゛た゛と゛り゛く゛ん゛
子供の虎杖くんの優しさと、大人の伊地知さんの優しさ。
あー、良かった、こっちの二人の心は噛み合ってる。そりゃそうなんだけどさ。
『守鬼幻視行』
本書のあらすじで一番大々的に書かれているのはこのエピソードだから、ページの半分くらいを占めるのだろうと思っていたのだが、掲載順は最後でかつ予想より尺は短い。
しかしその分、コンパクトにまとまったストーリーと言えよう。なおかつ、里桜高校の事件から交流会までの虎杖の、良い補完となっている。
年下の男の子・海里を助けるために奮闘する虎杖(年下への対応が優しいアンドかわいい)。出番は少ないながら、とても良く「師匠キャラしている」五条。
呪いはなぜ生まれたのかを解き明かしながら、海里の成長と背中を押す虎杖を描き、暖かく終わるラスト。
まさに、「一話で完結する名アニメオリジナル回」を見ている感覚、というか(小説ですが)。
虎杖が救えなかった順平とその母の命は、決して戻らない。だけどこの母子を救えたことは、確実に虎杖自身の心も救っただろう。
『呪術廻戦』は「しんどい」の詰まった作品であると思う。
オタクのネットスラングとしての「しんどい」には、尊すぎるとかポジティブな意味もあるが、私は好きな作品の中の容赦ない展開、好きなキャラに背負わされた過酷な運命への感情を表すのにうってつけの四文字だと思う。
初っ端から、主人公・虎杖は他人を助けるための行動の結果、死刑を宣告される。明るくて優しくてギャグパートでははっちゃける、でも将来的に死ぬことが約束されている主人公。
姉が呪いで昏睡状態の伏黒、慕っていた人が理不尽に迫害された過去を持つ釘崎、他にも血筋など重い事情を持つ登場人物が現れる。
虎杖と心を通わせ、仲間に加わるかと思われた順平は、目の前で異形に変えられ命を落とす。そしてアニメスタッフはオープニング映像でさらに辛さを上乗せする。
テレビアニメ版で描かれた範囲だけでも心をえぐられ続け、この先もまだまだえぐられる予感しかしない『呪術廻戦』。
どうにか虎杖くんの死刑は回避されてほしい、呪術師にはみんな幸せになってほしいと思っているが、それが叶う保証なんてまっったく無いのがこの作品。
だが面白い。あと闇のオタクでもあるから萌えるしたぎるぜ!!
一話目の(伏黒視点の)しんどさは完全にギャグだったが、二話目の我が子が蘇るという甘言にすがってしまった母親と、自業自得とはいえ命を落とした呪詛師のしんどさ。
三話目の真人と老人の平穏な日々が他愛もない理由で壊され、それでも誰かに看取ってもらえたという老人の想いが、一方的でしかないしんどさ。
日常を描いた四話目、ハッピーエンドの五話目も、周囲にとっての虎杖の死と、虎杖にとっての回避できなかった順平の死を思うと、やはりしんどくならざるを得ない。
本編とは違う雰囲気でありながら、実に五話五色のしんどさの詰まった一冊だった。短編集って……そういうところがいいよね……!
二巻目『夜明けのいばら道』では、今回は出番の少なかった野薔薇ちゃんに加え、狗巻先輩と京都組の活躍も楽しめる。
……が、起首雷同編の後ということで「これもアニメ見てたらOKの話なんやろなあ」と思いきや、アニメの中ではまだ明かされていない情報が出てきて驚いた……。
しかし、ネタバレを気にしない人やもう原作で知っているという人にはオススメしたい(…またオススメで記事を締めてしまった…)